天文と気象の漢字

天文と気象の漢字


天文と気象の漢字


天文と気象といっても天文学は複雑で小春日和は
春をイメージしますが陰暦の十月の別称をいう陽暦
とは異なる、

詳しくはこの天文と気象で紹介してます、月食:日食:
星座などの天文と気象も記載してます。



(あけぼの)

夜の明け始めるころ。清少納言が「枕の草し」に「春は曙」と記してから一躍、脚光をあびるようになった。夜を中心にして、「ゆうべ」「よひ」よなか」「あかつき」「あした」の順番になっている。あかつき」との区別は、夜が明けようとして、まだ明けないうちは「あかつき」で、空が白んでくれば「あけぼの」である。また「あした」は朝である。

油照り(あぶらでり)
夏の空がどんよりと曇って風がなく、じっとしていると指汗がにじみ出てくるような、なんともたえがたい、蒸し暑い日和をいう。油照りの対語に炎天というのがある。太陽が激しく照りつけ、焼けるように暑い日盛りの空をいう油照り・炎天とも夏のたえがたい暑さをい語だが夏の西日、夏の夕凪もたえがたいものである 。

天の川(あまのがわ)
夏の晴れた夜、淡く光って、川のように見える無数の星の集まりをいう。天上を流れる川のように見えるためこの名がついた。古代中国では、天の川を漢水の気が天にのぼってなったと考え「銀漢」または 「可漢」とよんでいた。

有明月(ありあけのつき)
夜明けになお空に残る月のことをいう。陰暦の十五日より後の月のことをいうが、とくに二十日以降の月について用いられる。「今来んといひしばかりに長月の有明の月を待ち出づるかな」でよく知られている『小倉百人一首』素性法師の歌がある。

十六夜月(いざよいのつき)
「いざよい」は「いざよふ」という言葉がもとになっていて「ためらい」を意味する。陰暦十六日の夜の月は、その前日の満月の印象が強いので、なかなか出てこないように感じられたので、こうよばれたのだろう。

隕石(いんせき)
地球外の天空から落下してくる石質または鉄質などの物体をいう。数多い流星物質の中の大形のの物が、地球を取り囲む大気との衝突発熱によっても消滅しつくさずに地表にまで到達したもので、落下のさいひじょうな光と大音響をともなう。全世界には現在千五百個近い落下が知られているが、日本では三十個ほど確認されている。これは国土の狭い割合には多いといえる。

雨水(うすい)
今まで雪が降ったり、凍っていた気がゆるんで、水分が雨となって降るようになるという意味である。一年を二十四分し、各時期の季節的な特徴をもって各気の名称としたものを二十四節気という。その二番目が雨水である。立春、雨水、啓蟄、春分、清明、と続いて大寒に至る。古く中国では、雨水の時期には、「鴻雁(秋の渡り鳥)北行、草木萌動(草木が芽吹くこと)」するものとされた。

陽炎(かげろう)
春や夏などの、風のない直射の強い日に、ちらちらゆらゆらと地面から立ちのぼる暖気をいう。陽炎は糸遊、遊糸、野馬ともいう。濃度の違う空気を通る光線 が、不規則な屈折をすることによって生ずる。すなわち、地面の上で強い直射日光線に熱せられ軽くなった空気が、濃度の違う空気と入り乱れながら上昇するため、光線が通過する際、不規則に屈折しゆらいで見える。

(かすみ)
水蒸気が大気中に水滴となってたちこめ、遠くのほうがぼやけて見える現象をいうが、中国では「霞」の字そのものを「朝やけ」「夕やけ」のことを意味する。また、和歌の世界では「霞」といえば春の霞をいい、秋の霞は、「霧」というようになった。

(かみなり)
雲と雲との間や、雲と地面との間に放電が起こり、雷鳴や稲光の生ずる現象をいう。発達中の積乱雲の中では上昇気流が盛んで、雲の中に電気ができ、正(+)の電気と負(−)の電気が別々のところに集まり、こうして電気の分離が強まると放電が起こる。雷はつねに積乱雲と関係してい、厳しき神の意でイカズチともいうが、古くは神に関係した現象とされていた。

寒露(かんろ)
二十四節気の一つで、立秋、処暑、白露、秋分、寒露、霜降の順に秋が深まるものとされる。寒露とは露が寒冷の気にあって、凍る手前にあるという意味である。

(きり)
水蒸気が寒冷にあって凝結し、微小な水滴となって大気中に浮遊し、煙のように見えるもの、古くは春秋とも霞ともいったが後世春立つのを霞、秋立つのを霧といった。

銀河系(ぎんがけい)
無数の恒星、星間物質の大集団。中央がふくらんだ円盤状をなし太陽系もその中にある。直径は主要部が約十万光年、中央の厚さ約一万五千光年。銀河系の外側は銀河ハロ(銀河コロナ)で囲まれている球状に近い回転楕円体の形をしている。約百二十個の球状星団が分布している空間の領域と一致しているので銀河(天の川)の名がついたのである。

啓蟄(けいちつ)
年中行事などを記した中国の『礼記』月令篇に「啓虫感動き、戸を啓きて始めて出づ」とある。陰暦二月の節で、太陽暦の三月六日前後にあたる。しかしこの時期に実際に虫の出始めるのは鹿児島県ぐらいである。七十二候説によれば、この時節には「桃始めて華く、倉庚(ひばり)鳴く、鷹化して鴨と為る」とされている。

月食:「月蝕」(げっしょく)
太陽と月との間に地球が入ることによって、月の全体もしくは一部が欠けて見える現象をいう。かの憂国の詩人、屈原は、「楚辞」の「天問」において、「夜光 (月)何の徳ありて、死して(欠ける)又育まる」と問いかけている。古代の中国 では日食、月食とも太陽と月に何かの災害があったと考え、国をあげて日月の救護にあたった。

小春日和(こはるびより)
小春というのは、陰暦十月の別称をいう。陽暦では十一月から十二月上旬にあたる。そのころの暖かいおだやかな晴天が小春日和。冷たい北西季節風を日本にもたらした大陸高気圧が南にさがった後、西の方から移動性高気圧となり日本に張り出し通過する時に、この天気が現れることが多い。厳しい冬を前に現れる温和な天気を喜んだ言葉である。

五月雨(さみだれ)
陰暦の五月ごろ降る長雨のことで、現在の太陽暦では梅雨にあたる。さ、は五月のことで、みだれ、は水垂れを意味している。芭蕉の「奥の細道」のなかにある有名な句「五月雨をあつめて早し最上川」や「五月雨の降りのこしてや光堂」の五月雨は梅雨の感覚味わうと よい。

三寒四温(さんかんしおん)
暖かい日が三、四日つづくと、次に寒い日が三、四日つづくこと。この現象が見られるのは中国東北や朝鮮で、日本では、それほどはっきりしない。冬の天気 を左右するのは、寒冷な北西季節風だが、吹いては弱まり、吹いては弱まりするため、寒暖が交互に繰り返される。北西季節風の吹き出しには七日の周期が多く、三寒四温の現象が おこる。

時雨(しぐれ)
北陸など裏日本に多く、朝方や夕方、晴れていると見る間にさっと降り、降っていると見る間にやんでしまう局地的な通り雨。降る範囲が狭く、山里や盆地に多い。平安朝以来、時雨を詠み込んだ歌が非常に多い。「神無月ふりみふらずみ定めなき時雨ぞ冬のはじめなりけり」(よみ人知らず、後撰集)は、古来時雨の性質をよく読みとった名歌とされている。

(しも)
晴天無風の夜に空気中の水蒸気が零度以下に冷えた地物に凍りついて氷の結晶となったものをいう。「霜」の字は、「雨」とすじ、になって分かれていることをしめす「相」とから成り、「しもばしら」の意がもともとの意味である。近年は道路が、アスファルトにおおわれてしまって、霜柱を踏んで登校する光景は、都市部から姿を消してしまった感がある。

秋霖:(秋の長雨)(しゅうりん)
九月中旬から十月上旬にかけ降り続くあ雨のことで、とくに東日本に多い。梅雨期と違って、南の高気圧が弱まり北の大陸高気圧が強くなるので、気温は下がり気味で、むし暑さは梅雨期ほどではない。このころはまた月のシーズンでもあるが秋霖のため月が見えないことが多く、仲秋無月ともいわれる。
樹氷(じゅひょう)
霧氷の一種。氷点以下になっても凍らない状態の雲や霧の粒が樹木などに衝突して凍りついてできたものをいう。

ほそい氷の層が風の方向にのびて花のように美しく見える。樹霜に比べると多量につく。冬季、蔵王山、伊吹山、

その他裏日本の山では季節風の影響によってほとんど毎日霧氷がつくが、そのうちの大部分は樹氷である。樹氷のできる温度は氷点以下五度である。
処暑(しょしょ)
二十四節季の第十四。秋の節季で、方秋、処暑、白露、秋分、寒露、霜降と続く。暑気がやむという意であり、今まで苦しめられてきた極暑のようやく衰える時節に入ることをいう。陰暦では七月中旬、太陽暦では八月二十三日ごろにあたる。七十二候説では、「鷹すなわち鳥を祭る。天地はじめて粛(しじま)る、禾(いね)すなわち登(みの)る」の時期である。俳句では初秋の季語。

蜃気楼(しんきろう)
光の屈折により、空中や海中に何かの物があるように見える現象。昔の人は、竜に似た想像上の動物「蜃」(しん)が吐き出す気によって引き起こされる現象であると考えていた。この「蜃」の字は「大蛤」(おおはまぐり)をも意味するので後に、大蛤の気によって起こると考えられた。砂漠、海上、その他空気が局部的にまた層をなして温度差をもつときなどに現れやすい。

正座(せいざ)
天球上の恒星の群れをある形見立てて区分したものをいう。神話・伝説などに由来する神・英雄・動物・器物などに配してよばれ、現在八十八星座ある。西洋では前三千年もの昔、バビロニアの時代に試みられたものがある。また中国・インドでも前一千年ころ有名な「二十八宿」ができていたようである。動く月や惑星を調べるものであるが星占いの目的で決められたものもある。

節分(せつぶん)
雑節のひとつで、立春の前日をいう。現在の太陽暦では二月三日または四日である。立春から新しい年がはじまると考えれば、節分は年の最後と考えられる。現在各地にさまざまな節分習俗が、伝承されているが、いずれも新年を迎えるのにふさわしい行事で、邪気をはらい幸いを願う作法が目立っている。節分の夜の行事で一般に行われるのは鬼打ち、豆まきである。

颱風(たいふう)
七月から十月にかけて日本を襲う熱帯低気圧で、暴風雨を伴い恐れられている。とくに秋颱風は速度が速く、日本付近を通るときに発達しながら通過するので、大きな被害を全国にもたらす。昔から日本では、九月一日頃を二百十日といって、颱風のくる確率の高い日として警戒してきた。

太陽(たいよう)
水・金・地・火・木・土・天王・海王・冥王の九惑星の中心をなす天体。古来から太陽にまつわる神話は多く、日本神話でも天照大神はその代表である。天体としての太陽は、中心の原子核反応で発光し、地球からの距離は約一億五千 万キロメートルで、半径は地球の百九倍ある。表面は六千度に相当する光を放 ち、外部には、温度百万度のコロナがあり、X線や電波を放っている。

(つゆ)
大気中の水蒸気が冷却し露点以下に達して生じた水滴。無風晴天の夜に、放射冷却により、地面の草木の葉や小石などの温度が低くなっているところに、湿った空気が触れると、空気中の水蒸気が凝結し、葉や小石に水玉がつく。これを露という。日が当たるとすぐに乾いて消えてしまうので、古代からはかない ものとされ、「露の世」、「露命」などと用いられた。

土用波(どようなみ)
南方洋上にある大きな颱風のために寄せてくる波のうねりのことをいい、ちょうど夏の土用のころと重なるので土用波という。土用とは陰陽五行説で土気の働きをさし、立春、立夏、立秋、立冬のそれぞれ前十八日間のこととされる。土 用というと、一般に夏の土用をいい、大暑の節と重なる陽暦七月二十日ごで、非常に暑いときである。 

流星(ながれぼし)
高さ約百キロメートル、毎秒約五十キロメートルの平均速度で大気中で発光する宇宙塵のことで、一日数万個が落下する。この流星が大気中で燃え尽かずに地上に落下するものを隕石という。古くは「よばいぼし」と呼ばれ、中国では流れ星は天の使者とされた『晋書』。また松平定信の『退閑雑記』の中に寛政十年十月二十九日に流星が非常に多く怪事件のあったことを記している。

菜種梅雨(なたねづゆ)
もともとは風の呼び名であり、三,四月頃吹く南東の風をいったが、菜の花が咲く頃に、雨が降り続くことがあり、その長雨のことをいうようになった。現在は春の長雨と同義に用いられ、菜の花の咲く頃の長雨をいう。菜の花は、暖地では二月下旬に、三月には山岳部を除く 本州中部以西で四月には東北と山地で開花する。

(にじ)
外側から赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の順に生ずる半円形の色帯で、太陽と反対方向で降っている雨に太陽光線があたり、雨滴がプリズム作用をして分光を生じた結果できるものである。夏の夕立のあとよく見られる。太陽とは反対方向に現れるので、朝方の虹は西方に、夕方は東方にでき、朝虹は雨、夕虹は晴れであるとよくいわれている。

日食「日蝕」(にっしょく)
太陽と地球の間に月が入って、太陽光線をさえぎる現象のことをいう。全面的におおわれる皆既食、太陽面が環状に残る金環食、一部をおおう部分食とがある。古代では日食は恐るべき現象で、悪いことのきざしと考えられたが、平安 時代中国から天文学が入り、高度の知識を得、逆に日食の予想もたてるようになった。

二百十日(にひゃくとおか)
立春から数えて二百十日目をいい、陽暦九月一日か二日をさす。ちょうどこの時期は稲の開花期でまた颱風の多い時でもあるので、  農家の厄日として警戒していた。

入梅(にゅうばい)
立春から百三十五日目で、陽暦の六月十一・十二日にあたる。これより三十日間が梅雨である。陰暦では、芒種の後の壬の日を入梅とし、小暑の後の壬の日を出梅としたが、これは年によって遅速があり、一定でないので明治以後は太陽が黄経八十度に達した日をもって入梅としている。

野分(のわき)
秋に野の草を吹き分ける大風の意味で、秋の暴風である。主に颱風によってひきおこされる激しい風で、陰暦の八月中、二百十日から二百二十日頃に吹き荒れる。古語にある野分立つは台風来であり、 野分跡は颱風過である。

梅雨(ばいう)
六月半ばから七月中頃に降る長雨。揚子江流域、朝鮮南部とわが国に特有の雨期。太平洋高気圧とオホーツク海や三陸沖方面の低温の上を通過する高気圧がその境目につくる前線上(梅雨前線)を華南方面に発生した低気圧が東進してきて、雨を降らせる。

麦秋(ばくしゅう)
「秋」は四季の秋を意味するものでなく、「みのり」の意味。国語で「秋」は元来収穫祭(田の神祭り)に関係した言葉である。麦をとり  いれる時節で初夏。陰暦の四月の異名。

白露(はくろ)
太陽暦で九月七日ごろにあたり、立春、処暑、白露、秋分と続く秋の節気で二十四節気の一つ。陰気が積もり、露を結ぶの意で、秋の気配がひしひしと感じられる時節のことをいう。
 
八十八夜(はちじゅうはちや)
陽暦で五月一,二日にあたり、立春より数えて八十八日目の日をさす。霜もこの日を過ぎればほとんど降らなくなり、「八十八夜の別れ霜」といわれるように、農産物などの霜の被害がなくなるころでもある。「夏も近づく八十八夜・・・・」と歌われるように、ようやく食物が  生長してくる時期であり、また農家では大切な田植えの時期。

春一番(はるいちばん)
二月は暦の上では冬だが、二月中旬から三月上旬にかけて、日本海で低気圧が発達すると強い南風が吹き、気温が上昇する。この南風を春一番という。春一番が通り過ぎると、春らしい天気が多くなる。

彼岸(ひがん)
春分、秋分を中日とし、その前後三日ずつ、計七日間を、春の彼岸、秋の彼岸とし三月十八日ごろと九月二十日ごろをそれぞれ春、秋の彼岸の入りという。「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるように季節の変わり目である。彼岸は現実の煩悩此岸を離れ、涅槃の世界に到達するという意の到彼岸の略であり、墓参りや法要を営むようになった。

冬将軍(ふゆしょうぐん)
常勝のナポレオンがモスクワの冬の寒さに負けたことから、寒さの厳しい冬のことをいうようになった。一八一二年夏ナポレオンはモスクワへ入城したものの、ロシア軍の強い抵抗にあって平定できず、モスクワの厳しい冬を迎えた。そこでの厳寒、食料不足、さらに追撃にあい壊滅状態に陥った。

北斗七星(ほくとしちせい)
七つ星、四三の星、七曜の星、など多くの名をもつ北天の大熊座の七つの星のよび名である。斗(ひしゃく)状に七つが並んでいるところからこの名がついた。揺光と呼ばれる柄にあたる第七星が、一昼夜に十二支の方角を指すので古くから時刻を測った。とくに、海上生活には重要な役割を果たし、天気を占う目安とされた。

北極星(ほっきょくせい)
天球の北極近くにある二等星。常に同じ位置にあるので、古くから方位や緯度をはかる目印として利用されてきた。小熊座の首星である。

夕立(ゆうだち)
夏の夕方に急に、しかも局地的に突然降る雨のことをいう。「夕立は馬の背を分ける」といわれるが、これは雨が馬の背の片側に降っても、反対側に降らないという意味である。決して背中の毛が分かれてしまうほど雨が強いということではない。

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