日本の故事:ことわざ

日本の故事:ことわざ

 
日本の故事:ことわざ

日本の故事ことわざといっても中国から渡来し日本で広まった故事ことわざも多く見られます、日本古来の歌舞伎などや空想から当てはめたものもあります、龍にちなんだ、ことわざなどからの由来も見られます。

青は藍より出でて藍より青し(あおはあいよりいでてあいよりあおし)
 「氷は水より出でて水より寒し」と対のことばで、葉を発酵させて染料にする藍で白い布や糸を染めると、原料の藍よりも青い色に染めあがる。また氷は水からできているが、原料の水よりも冷たい。このことから、知識をうけた者が、それをさずけてくれた者をしのぐこと。弟子が先生よりもすぐれることをいう。【同義】「出藍の誉れ」(しゅつらんのほまれ)、「藍より青し」〔出典〕『荀子』。

寇に兵を籍す(あだにへいをかす)
 自分に害をなすものに力を貸して、自分の損失をいっそう大きくすること。これは司馬選の『史記』の中にある泰の政治家、李斯(りし)のことばで「国内の諸侯と仲たがいして他の国と結ばせることは、敵に兵力を貸し、どろぼうに食物をもってくるようなものだ」ということ。李斯は始皇帝を助けて焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)・郡県制・小篆の制定などの政策を行って活躍したが、始皇帝の死後失脚し、刑死した。〔出典〕『史記』。

羹に懲りて韲を吹く(あつものにこりてあえものをふく)
 「羹に懲りて膾(なます)を吹く」ともいう。一度失敗したのにこりて、必要のない用心をすることのたとえ。羹は吸い物。熱い吸い物をいきなりすって口の中にや けどをした。そこでこんどはつめたいあえものやなますをフーフーと吹いてさましてから食べる、ということ〔出典〕『楚辞』。

穴があったら入りたい
 恥かしくて、隠れてしまいたいこと。フクフ斉(ふくふせい)という人が魯(ろ)の単父(ぜんぼ)を始めていたとき、斉(せい)の国が攻めてきた。フクフ斉が麦を刈ることを認めなかったので、単父の麦は斉軍に取られてしまった。領主の季孫がフクフ斉を責めると、「侵略があるからといってむやみに収穫すれば民衆が侵略を楽しみにしてしまう。それはこの国のためにならない」と答えた。これを聞いて李孫は「穴があったら入りたい」といったという。

虻蜂取らず(あぶはちとらず)
 あれもこれもと一度に二つのものをねらって、どちらも結局だめになること。アブとハチとはよく似ているが、ハチの羽が四枚なのに対してアブの羽は二枚なので区別できる。似ているところから、アブがだめならハチを、ハチがだめならアブをという気持ちを「虻蜂」で表わしたもの。【同義】「虻も蜂も失う」、「二兎を追うもの一兎も得ず」。

晏嬰の狐裘(あんえいのこきゅう)
 ひじょうにものを大切にし、つましく暮らすこと。晏嬰は春秋時代、斉の国の宰相で、節約を旨とし、また君主に忠節をつくした。狐裘は狐の皮の皮衣であるが、晏嬰は一枚の狐裘を三十年間使ったという。また晏嬰は、籾をとっただけの米をたべ、食事は一汁一菜であったという。〔出典〕『晏嬰脱粟』 

衣食足りて礼節を知る(いしょくたりてれいせつをしる)
 人間は生活が満ち足りてはじめて名誉や礼儀をわきまえるということ。『管子』という書物の中に「倉廩実ちて則わち礼節を知り、衣食足りて則わち栄塾を知る」という文章があり、これがもとになっている。人間は生活がすさんでくると、心もすさんでしまいます。逆に、生活が満ち足りてくれば、礼儀や節度を考える余裕がでてくるという考え方。

急がば回れ(いそがばまわれ)
 東海道を西へのぼっていくと、草津の宿の先で陸路と水路とにわかれる。ここから大陸に行くのに、舟で琵琶湖を渡れば二里ほどの近道である。しかし、突風で船が転覆することがたびたびあり、近道のつもりがかえって遠まわりになることが多かった。江戸初期の笑い話を集めた『醒睡抄(せいすいしょう)』に「急がば回れといふことは、物毎にあるべき遠慮なり。宗長がよめる、武士のやばせの船は早くとも急がば廻れ瀬田の長橋」とあって有名になった。

磯のあわびの片思い(いそのあわびのかたおもい)
 片思い。こちらでは相手のことを深く恋い慕っているのに相手が少しも気づいてくれないこと。あわびは巻き貝であるが巻いた部分が少なく二枚貝の片方しかないように見えるとこから「片」をひきだすことばになる。「あわびの貝の風情」といえば、片思いをしている様子。万葉集に「伊勢の白水郎(あま)の朝な夕なに潜(かず)くといふ鰒の貝の独念にして」という歌があり、すでにこの時代から、あったことばであることがわかる。【同義】「あわびの貝」、「あわびの貝の片思い」。

一日作さざれば一日食はず(いちじつなさざればいちじつくわず)
 仕事をしなかった日には食事をしない、ということ。唐の懐海禅師というお坊さんは、ひじょうに働き者で、一日中働いていた。そこである日、責任者のお坊さんが懐海禅師を休ませてやろうという親切心から道具を隠してしまった。ところが懐海禅師は必死で道具をさがしているうちに、休むことも、食事をとることも忘れてしまった、という。

一輪咲いても花は花(いちりんさいてもはなははな)

 たくさん花が咲かなてもたった一輪でも花は花である。小さなものでも本質的には何の変わりもないことのたとえ。 : 類義語: 一合取っても武士は武士


一葉落ちて天下の秋を知る(いちようおちて、てんかのあきをしる)
 一枚の葉が落ちるのを見て、秋が来たのを知る、ということから、わずかなものごとのきざしから、天下の大勢を知ること。天下の趨勢にのろうと考えている者は、このくらい鋭くないと成功しない。〔出典〕『淮南子』【同義】「一花開けて天下の春」。

一犬、影に吠ゆれば、百犬、声に吠ゆ(いっけん、かげにほゆれば、ひゃっけん、こえにほゆ)。一匹の犬が何かの影を見て吠えだすと、その声につられて、そのあたりの犬がみな吠えだすということ。ここで犬にたとえられているのは人間で、一人が何かをいいだすと、それがたとえ、でたらめであっても、世間の人はそれを信じて騒ぎたてる、ということ。

一将功成りて万骨枯る(いっしょうこうなりてばんこつかる)
 一人の将軍が手柄を立てて名をあげるかげには、多くの兵士たちが死んで骨を戦場にさらすという犠牲がある。一人の成功のかげには多くの犠牲がかくされている、ということ、成功者にたいするいましめ。

一敗地に塗れる(いっぱいちにまみれる)
 完全に敗北して、どろだらけになること。また脳みそや腸が地にまみれて、ちらばっている様子。漢の建国者である高祖が「天下が乱れ諸侯が立ちあがっている今、何とかしなければ、二度と立ちあがれなくなってしまう」といったことから。〔出典〕『史記』。

寿長ければ辱多し(いのちながければはじおおし)
 長生きすると、何かにつけて恥をかくことが多い、ということ。『荘子(そうじ)』に「男の子が多いと心配事が多く、財産があると雑事が多く、寿命が長いと恥が多い。この三つの徳を養うのに役立たない」という。しかし、長生きをしたいと思うのは人間の常で、まったく逆に「命長ければ蓬莱に逢う」などということばもある。【同義】「命は槿花の露の如し」。

井の中の蛙大海を知らず(いのなかのかわずたいかいをしらず)
 狭い世界の中に安住して、それを最もよいと思っている、ひとりよがりをいましめることば。自分の住んでいる世界以外のことば、基本的には知ることはできないが、われわれは書物や映像によっていろいろな世界を知ることができる。しかし、それだとて、本当に知っているといえるかどうか。【同義】「井の中の蛙」。

鰯の頭も信心から(いわしのかしらもしんじんから)
 鰯の頭のように、まるで信仰の対象にならない、ようなものでも、それを信じている人にとっては尊いものにみえるということ。信仰は当事者としては、対象がなんであっても、ありがたいものということである。たとえば、人参を毎日飲み続 けていた人が盗賊に襲われたとき、どこからともなく赤い服を着た男があらわれて助けてくれた、というような話がある。信仰の強さをたとえているのであろう。

牛に引かれて善光寺参り(うしにひかれてぜんこうじまいり)
 むかし、善光寺のそばに老女が住んでいた。ある日、庭にさらした布をかけておいたところ、隣の牛がそれを角にひっかけて善光寺へかけこんでしまった。そ れを追いかけてきた老女は、はじめてそこが名高い霊場であることを知り、以後は、たびたび参詣したという。そこから自分の本心からではない、きっかけで 信仰をもったり、よいことをしたりすることをいうようになった。今日の意味は、思いがけずに、ものごとがよい方向へはこぶこと。

嘘も方便(うそもほうべん)
 もともと嘘をつくのは悪いことであるが、大事な目的のためには、嘘も許される。
方便とは仏教語で到達するということで、衆生(一般民衆)を救うためによい方法を用いる、という意味。衆生を悟らせ、救うという目的のためには、仏すらも嘘 をついた。ただし、衆生を救うという至上の目的がある場合にのみ、嘘は許され るのである。現在では、ある目的のために嘘をついても仕方がないというように
 用いられることわざでである。

怨み骨髄に入る(うらみこつずいにいる)
 根(こん)の字の「うらむ」は、いつまでも残っている心、という意味をもつ字。怨 (えん)の字は、夘が身を曲げるという意味があり、まがった心のこと。もとは根 が自分に対する感情、怨が人に対する感情をいった。怨みの気持ちが骨の髄までしみわたるほど激しいこと。【同義】「怨み骨髄に徹す(=徹る)」。

燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや(えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや)
 小人物には大人物の志が理解できないものであるという嘆(なげき)のことば。燕雀はつばめとすずめで、小さな鳥のこと。鴻鵠はおおとりとくぐいで大きな鳥のこと。陳勝という百姓が、ある日仲間に「将来おれが出世しても忘れないでいよう」といった。仲間が笑うと、陳勝が嘆いていったことば。この陳勝が、後に「陳勝・呉広の乱」をおこし、一時楚王にまでなった人物である。

遠慮なければ近憂あり(えんりょなければきんゆうあり)
 「人として遠き慮(おもんばかり)なき者は、必ず近き憂(うれい)あり」が原文。遠い、近いは時間的な遠さ、近さをいったもの。遠慮とは、遠い先のこと、まだ起こらないことにそなえることをいった。そこから変化して、言葉や行動などを他人に気がねして控えめにすることをいうようになった。今日の意味は、普段から、ずっと先のこと、将来のことまで考えていないこと、必ず身近なところでさし迫った問題がおこってくる、ということ。〔出典〕『論語』。

老いては麒麟も駑馬に劣る(おいてはきりんもどばにおとる)
 麒麟はここでは空相上の動物ではなく、一日に千里を走るといわれる名馬、駑 馬はのろのろした劣った馬のこと。このことばは、中国戦国時代のことを書いた「戦国策」にある、「麒麟の衰えるや、駑馬これに先んず。孟賁(もうほん)の倦むや、女子これに勝る」から。今日的意味は、若い頃、ひじょうにすぐれていた人も、年をとると動きがにぶって普通の人にも及ばなくなってしまう、ということ。

大風吹けば桶屋が喜ぶ(おおかぜふけばおけやがよろこぶ)
 あてにならないことを期待する、また物事は思ってもみない方向へ発展するものだ、ということ。大風の吹いたある日、桶屋のおやじがいさんで帰ってきた。「おい、すごい風だ。桶だ、桶が売れるぞ」。おかみさんはわけがわからず「一体どういうことだい?」とたずねる。「いいか、風が吹けば砂ぼこりが舞って、人の目へ入るだろ。そうすると盲人がふえる。盲人は三味線を習うから三味線が売れる。そうすると皮になる猫がとられて減る。すると鼠がふえて桶をかじるってぇ寸法だ」。

遅かりし由良之助(おそかりしゆらのすけ)
 歌舞伎から出たことばで、間にあわなかった、遅すぎた、の意。塩谷判官(えんやはんがん)は殿中で高師直(こうのもろなお)に切りかかった罪で切腹を命じ られる。切腹の場で判官は、国家老、大星由良之助の到着を待ちわびるが、なかなか由良之助はやってこない。ついに判官が刀を腹に突きたてたその時、由良之助が到着する。実は歌舞伎には「遅かりし由良之助」というせりふは、なかったが、それがこういうことばとなって広まったのである。〔出典〕『仮名手本忠臣蔵』。

小田原評定(おだわらひょうじょう)
 天正十八年(1590)豊臣秀吉は北条氏を攻め、小田原城を包囲した。城中では 北条氏政・氏直が腹臣と和戦を決する話しあいをつづけるが、意見が対立し、百日たってもいっこうに結論がでなかった。結局、包囲百余日で小田原城は落 城し、奥州の伊達政宗も豊臣秀吉と結ぶことになり、秀吉の全国制覇が遂げられた。ここから、いつになってもまとまらない相談、結論のでない会議のことをいう。

己の欲せざる所は人に施す勿れ(おのれのほっせざるところはひとにほどこすなかれ)
 孔子に弟の子貢が「生涯を通じて行うべきことを一言でいうならばどういうことですか」とたずねた。すると孔子が「それは恕(思いやりの心)であろう」といって、このことばで恕とはどういうものかを説明した。すなわち、自分のして欲しくないと思うことは、他人もしてほしくないのだから、他人にもしてはいけない、ということ。〔出典〕『論語』。

親の心子知らず(おやのこころこしらず)
 親が子供のためを思ってあれこれ心をくだき、うるさいこともいうのに子供は親の愛情がわからず、反抗したり勝手なことをやったりする、ということ。やはり「子を持って知る親心」で、子供を持ってみないと親の子に対する愛情や苦労はわからない、ということであろう。しかし現代では身勝手な親、たよりない親もいて「子の心親知らず」という場合も、ままある。吉田松陰の牢獄から親にあてた歌に「親思う心にまさる親心今日のおとずれ何と聞くらん」がある。

親はなくとも子は育つ(おやはなくともこはそだつ)
 親がいなくても、子供は何とか成長するものだ、心配してあれこれ手を出すよりも、放っておくほうがいい場合もある、ということ。親は自分がいなくなったら子供は生きていくことができないのではないか、と思いがちであるが、はたから見 ればそれはど心配することでもない。親が子供を思う気持ちをいったことわざは多いが、これは子供のたくましさをいったもの。

貝殻で海をはかる(かいがらでうみをはかる)
 狭い知識や経験をもとにして大きな問題を考えること。貝殻のような小さなうつわで、海の水がどれだけあるかを測ろうとしても、貝殻は役に立たないから。【同義】「貝殻で海を干す」、「貝殻で海を汲む」、「よしのずいから天井をのぞく」。

隗より始めよ(かいよりはじめよ)
 戦国時代の燕の国、照王がどうしたら、よい人材を集めることができるかと郭隗
 (かくかい)に相談した。隗がいうには「昔、千里の馬を求めていた王が、なかなか手に入れられず死んだ名馬を高く買ったところ、それが評判になって念願 がかなったといいます。あなたがよい人材を集めたいと、お思いでしたら、まずこの隗を優遇なさい。そうすればすぐれた人材が遠くからやってくるでしょう」と。ここから大きな事をするためには、まず身近なところから始めよ、ということ。

臥薪嘗胆(がしんしょうたん)
 春秋時代、呉(ご)と越(えつ)とは常に争っていた。越に父を殺された呉王夫差 は薪(たきぎ)の上に寝て苦しみを忘れないようにし、ついに会稽山で超王勾践を降した。勾践は命を助けられ、胆を部屋にかけて常にこれを嘗(な)めてその苦さに会稽の恥を忘れないようにし、のちに夫差をほろぼした。いずれもすさまじいばかりの執念である。ここから、目的を果すために、自分を苦しめ努力する こと。

苛政は虎よりも猛し(かせいはとらよりもたけし)
 孔子が泰山のふもとを通りかかると、墓のところで女の人が泣いている。孔子は弟子の子路にそのわけをたずねさせた。すると女の人がいうには「私の舅は虎に殺されてしまったのです」という。孔子が「それならなぜこんな危険な土地 を去らないのですか」ときくと「ここはよその土地のように苛酷な政治がないからです」と答えたという。そこで孔子が弟子にいったことばで、苛酷な政治は、虎よりも人に恐れられる、ということ。〔出典〕『礼記』「壇弓」。

稼ぐに追いつく貧乏無し(かせぐにおいつくびんぼうなし)
 仕事を一生懸命やって稼いでいれば、貧乏することはない。ところが井原西鶴
の『日本永代蔵』のなかには「かせぐに追いつく貧乏神」ということばがみえ、やはり稼いでも稼いでも貧乏からぬけだせない、というのも人生のひとつではあるようだ。このことわざは、だからこそ一生懸命働きなさい、という教訓を含んでいるのだが、一方で「貧乏神」のような真理をついた、ことわざもあっておもしろい。

瓜田に履を納れず(かでんにくつをいれず)
 「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」と、対になっている。瓜の畑では足元に瓜がなっているから、たとえ履が脱げても身をかがめて、はくことをしない。李の木の下では頭の上に実がなっているから、たとえ冠がまがっても手を上げて直すことをしない。本当に盗っていないから、いいではないか、と思うかもしれ ないが、つまらないことで疑われないほうがいい。そこから、人から疑われるようなことはするな、といういましめ。〔出典〕『古楽府』。

鼎の軽重を問う(かなえのけいちょうをとう)
 楚の荘王は天下をうばう野心をもっていた。そこで周の定王をたずね、周王朝に天子のしるしとして伝わっていた「九鼎」の大きさ、重さをきたという。つまり天下をうばい、鼎を運ぶための下準備をしようとしたわけで、ここから人の地位をく つがえそうとすること、人の能力を疑うことをいう。ちなみに定王の答えは「(天子の証は)徳にあるのであって鼎にあるのではない」であった。〔出典〕『春秋左氏伝』。

株を守りて兎を待つ(かぶをまもりてうさぎをまつ)
 中国の宗の時代、一人の男が畑を耕していると一羽の兎がとびだしてきて、偶然切り株にぶつかって首を折り死んでしまった。男はこれを見て「そうだ、また兎がとびだしてきて死ぬかもしれない。見張っていよう」といって鍬をなげ出し、切り株の番をして暮らし、国中の笑い者になってしまった、という。そこから、古い習慣をまもって融通のきかないことをいう。〔出典〕『韓非子』。

画餅に帰す(がべいにきす)
 考えていたことや計画していたことが駄目になってしまうこと。画餅は絵に書いたもち、役にたたないこと。【同義】「水泡に帰す」、「水のあわ(になる)」。

壁に耳あり(かべにみみあり)
 だれも聞いていないなどと思って話をしていると、どこで誰が聞いているかわからない、秘密の話などはもれやすい、ということ。『平家物語』には、西光法師が口をきわめて平家をののしるので、人々が「壁に耳あり、おそろしおそろし」といいあったという記事がある。西光はあまりずけずけといいたいことをいうので、清盛の怒りをかい、むごい殺され方をした。

画竜点睛(がりょうてんせい)
 中国の梁の国の張僧?(ちょうそうよう)が安楽寺の壁に竜を描いた。最後に睛(ひとみ)を書き入れたところ、壁の竜はたちまち天に昇ってしまったという。「画竜天睛を欠く」とは、ものごとの最後の仕上げがなく、不完全なこと。したがって、「画竜点睛」とはもっとも中心的な部分や、大切な部分を付け加えてものごとを完成させること、またわずかなことが全体をひきたたせ、いかすこと。

彼を知り己を知れば百戦殆からず(かれをしりおのれをしればひゃくせんあやうからず)
 敵と見方との実力・状態をよく知ったうえで計画をたてれば、何度戦っても負けることはない、ということ。孫子の兵法のうち、もっとも有名な一節。このあと「彼を知らずして己をしれば一勝一敗す。彼を知らず己を知らざれば戦う毎に必ず破る」(敵を知らず、味方の状態だけを知っているときは、勝敗は五分である。敵の状態も味方の状態も知らなければ必ず負ける)とつづく。

韓信の股くぐり(かんしんのまたくぐり)
 韓信は中国漢代の武将。まだ若く無位無官であったころ、町で無頼の若者に侮辱され「勇気があるなら俺を刺せ。刺せないならおれの股をくぐれ」といわれ、四つんばいになってその若者の股をくぐった。この韓信が後に張良、蕭何(し ょうか)とともに漢の三将とよばれる武将になり、高祖をたすけておおいに活躍 したのである。ここから、将来おおきなことを、なしとげようとするものは、つまらないことで争ったりせず、耐え忍ばなければならないというおしえ。

肝胆相照らす(かんたんあいてらす)
 肝胆は肝臓と胆のうのこと。そこから腹の中心の中、本当の気持ちをいう。お互いに心の中まで打ちあけ合って、親しく交際すること。「肝胆相照らす、斯れ腹心の友たり」という文章がある(『故事成語考』)。【同義】かんたくを吐く(本心を打ち明ける、ほんねをいう)」、「かんたくをひらく(心をひらいて語る、腹を割って話す)」。

管鮑の交はり(かんぽうのまじわり)
 中国春秋時代、斉(せい)の国の管仲と鮑叔とは、貧しいながらも一緒に商売を していた。管仲は分け前を多く取ったが、鮑叔は「管仲は私より貧しいのだから」と責めなかった。管仲が失敗しても、鮑叔はとがめることなく、変わらぬ友情をもちつづけた。のちに鮑叔は桓公に仕え、管仲を推薦して二人で桓公を助けた という。ここから、友達としてひじょうに親しく交際することをいう。管仲は「我を生 む者は父母、我を知る者は鮑叔」といっている。〔出典〕『史記』。

棺を蓋いて事定まる(かんをおおいてことさだまる)
 中国晋代の歴史を書いた『晋書』の「丈夫は棺を蓋うて事まさに定まる」という文章からきたことば。棺はひつぎ。棺を蓋う、とはその人が死んで棺に入れられ、その棺にふたをする、ということ。生きて仕事をしている間には、高く評価されていても大きなミスなどで評価を下げることもあるが、死んでしまえば、生前の仕事で客観的な評価ができるということ。

奇貨居くべし(きかおくべし)
 秦の商人呂不韋が、趙に人質となって不自由な生活を送っていた秦の王子、子楚を助けたときにいったことば。この奇貨は、子楚をたとえていったもので、めずらしいものだからあとで利益を生むだろう、ということ。子楚は始皇帝の父荘襄王となり、呂不韋はその大臣となった。〔出典〕『史記』。

樹、静かならんと欲すれども風止まず(き、しずかならんとほっすれどもかぜやまず)
 これは『韓詩外伝』にある詩の一節で、このことば自体のの意味は樹が静にしていたいのに風が止まない、つまり思いどおりのことができない、ということ。それが親孝行に限定されるのは、このあとに「子、養わんと欲すれども親待たず」という一節がつづくからである。そこから、子供が親に孝行したいと思ったときには、親はこの世にはいない。だから親のいきてるうちに孝行しなさい、ということ 。

きじも鳴かずば撃たれまい(きじもなかずばうたれまい)
 よけいなことをして、自分の身に災いをまねいてしまった人を批判的にいうことば。きじは草原や低木林に住んで草、木の実や虫を食べる、日本の国鳥。「きじの草隠れ」といえば「頭隠して尻隠さず」とおなじ。きじは隠れるとき頭だけ草 の中につっこみ、尾が出たままであることにきずかないことからできたことば。【同義】「とりも鳴かずば撃たれまい」、「鳴く虫はとられる」。

木に緑りて魚求む(きによりてうおもとむ)
 斉の国の宣王に孟子が「武力によって天下を得ようとするのは、木によじ登って魚をつかまえるようなものだ」といったことによる。王が「自分のしていることはそれほど実現できないことか」ときくと「それよりもっと悪い。木に登って魚をとろうとしても魚がとれないだけですが、王のやっていることは後々必ずわざわいをうむだろう」といったという。ここから、見当ちがいの方法で目的を実現しようと すること、また実現不可能なのぞみをいう。〔出典〕『孟子』。

昨日の友は今日の敵(きのうのともはきょうのてき)
 人はあてにならず、変化しやすいものだということ。気にさわることや 腹のたつことを「あれは気にさわる」といったが
「気ざわり」になり さらに「きざ」になった、「キザな奴」とは「気にさわる奴」のことをいう。対語(昨日の敵は今日の友。

驥尾に付す(きびにふす)
 「驥」は千里をはしる名馬のこと。「尾」は文字通り尻尾。「驥尾」ですぐれた人の後のたとえ。青蠅が自分自身では遠くまで飛べないにもかかわらず、名馬の尻尾にしがみついていけば一日千里でも行くことが、できるところから、愚者でも賢人の後についてゆけば、何かはやりとげられるというたとえ。秀れた人につき したがって行動したり、秀れた人の仕事などを見習ってすること。多くは自分のことを謙遜して使うことば。

杞憂(きゆう)
 「杞」は古代中国の国名。「杞」の国のひとは天がくずれ落ちてくることを心配し て夜も寝られず、食事ものどを通らなかったことからきている。必要のないこと、あり得ないことを、あれこれと心配すること。不必要な心配。とりこし苦労のこと。「杞憂に過ぎる」、「杞憂に終わる」などと使う。〔出典〕『列子』。

窮鼠猫を噛む(きゅうそねこをかむ)
 「窮鼠」は追いつめられて逃げ場を失った鼠のこと。追いつめられてしまった鼠 がどうすることもできなくなって逆に猫に噛みつくことから、弱くても力のない者でも、絶体絶命でどうすることもできなくなった時には、強いものに反撃することがある。必死の覚悟をきめれば、弱い者も強いものを苦しめることのたとえ。【同義】「窮鼠かえって猫を噛む」、「闘雀(争っているすずめ)人を恐れず」。

漁夫の利(ぎょふのり)
 「漁夫は」漁業に従事している人、漁師のこと。しぎと、はまぐりが海辺で争って、はまぐりが、しぎの口ばしをその殻ではさんでしまって両者とも身動きがとれなくなっていたところに漁夫が来て、両方とも手に入れた、ということ『戦国策』の故事から。二者が争っているすきにつけ込んで、第三者がほとんど苦労することなく、利益をおさめることのたとえ。

愚公山を移す(ぐこうやまをうつす)
 「愚公」は愚かな男の意味。中国で、昔、愚公という男が、ある山を他の場所に移そうとして、永年努力しつづけたので、神がその愚公の努力に感じ入って、山を移してくれたという故事から。怠ることなく努力をしつづければ、一見成功しそうもない、また常識的に不可能と思われるような大きな事業も成就するというたとえに使われる。いつの世でも努力は必要欠くべからずもの。

口に蜜あり腹に剣あり(くちにみつありはらにけんあり)
 中国の、唐時代の玄宗皇帝の帝相(大臣)であった李林甫の人柄を述べる際に使われたことば。人に対して、口先だけではやさしいことを、いっておきながら心の中では言葉とはうらはらに陰険なこと。

国破れて山河あり(くにやぶれてさんがあり)
 中国の唐の詩人杜甫の「国破山河有城春草木深(城春にして草木深し)」という詩の一節から。戦乱のために、国は滅びてもとの姿は失われてしまってっも、山や川などの自然だけは昔のままの姿を残していることをいう。松尾芭蕉は、杜甫の詩を愛し、有名な『奥の細道』にもしばしば杜甫の詩をひいている。これも「国敗れて山河あり、城春にして草青みたり」として引用されているのでむしろ それで知られる。

鶏口と為るも牛後となるなかれ(けいこうとなるもぎゅうごとなるなかれ)
 「鶏口」は、にわとりの口のことで、小さな団体のリーダーのことをたとえていう
「牛後」は牛の尻。「後」をうしろとするのは誤り、大きな団体にただ所属しているよりは、小さい団体でもよいから、そのリーダーとなった方がよいということ。小さな団体であってもリーダーともなれば苦労も多く、それだけ自分のためにもなるということ。鶏口牛後。〔出典〕『戦国策』。

鶏肋(けいろく)
 「肋」は、あばら骨のこと。ニワトリのあばら骨は、少しは肉が付いているので、
そのまま捨てるにはもったいないというところから、たいして役にはたたないけれども、ただ捨てるにはおしいもののことをいう。『後漢書』に「夫鶏肋の、これを食すればすなわち得るところなく、葉つればすなわち惜しむべきがごとし」とあるところから出ている。『初鰹下女鶏肋をしゃぶっている』(川柳)。

下戸の建てた蔵はなし(げこのたてたくらはなし)
 「下戸」は酒の飲めない人、または好まない人。酒を飲まない人は、酒に金を使わないので金を残しそうなものだが、必ずしも金を残すのではなく、倉を建てたという話もきかない。適当な量の酒を飲んで楽しんだ方がよいという意に使われる。『めでたやなげこのたてたるくらもなしじょうごのくらもたちはせぬども。(『醒睡笑』)。

毛を吹いて疵を求む(けをふいてきずをもとむ)
 毛を吹き分けて傷を探し出す意。わざわざ好んで人の欠点を指摘すること。またわざと他人の弱点をあばいて、かえって自分の欠点をさらけ出すことになること【同義】「毛を吹いて過怠の疵を求む」。

後生畏るべし(こうせいおそるべし)
 「後生」は後から生まれること、また後に学ぶこと。またはその人、行進のこと。自分より後から生まれてくる者は、これからどれほどの力量や能力を示すか測り知れないから、おそれなければならないということ。〔出典〕『論語』。

狡兎死して走狗烹らる(こうとししてそうくにらる)
 「狡兎」は、すばしこいうさぎのこと。「走狗」は狩の時に鳥や獣を追うために人に使われる犬。狡兎が死ぬと狩の時に使う猟犬は不要となって煮て食われてしまう。敵国が滅亡すれば、それまで功績のあった謀臣は今度は邪魔にされて殺されるということのたとえ。「狡兎尽きて良犬烹らる」ともいう。他に狡兎を使った慣用句として「狡兎三窟(兎はいざという時のためにたくさんの逃げ道を用意 しておくということ=用心深いことのたとえ)」がある。〔出典〕『韓非子』。

弘法も筆の誤り(こうぼうもふでのあやまり)
 「弘法は」真言宗開祖である空海のこと。弘法大師。唐に渡って学問を修めた。書道の名人として有名だった。弘法大師のような書道の名人でも書き誤りをすることがあるということ。その道に長じた人でも時には失敗することがあるというたとえ。「弘法筆を選ばず」(真にその道に長じた人はどんな道具を使ってもすぐれた成果をあげることができるという意)も、弘法大師が登場する慣用句の一つ。【同義】「猿も木から落ちる」、「河童の川流れ」、「上手の手から水がもる」。

紺屋の白ばかま(こうやのしろばか)「紺屋」は一般には「こうや」と読む。「こんや」が変化した語。染物を仕事とする家。またその人の。元来は藍染屋に限って使ったが後にはひろく染物屋のことをいうようになった。他人のための仕事にば かり忙しくて、自分のことに手がまわらないことのたとえ。またやる気になればすぐにできるにもかかわらず放置しておくことをいう。

虎穴に入らずんば虎子を得ず(こけつにいらずんばこじをえず)
 「虎穴」は虎が住んでいる穴のこと。転じてひじょうに危険な場所や状況のたとえ。虎の住んでいる穴に入らなければ、虎の子供を奪いとることはできないことから、転じてひじょうな危険をおかさなければ貴重なものを手に入れたり、功名を得たりすることはできないことのたとえ。

五十歩百歩(ごじゅっぽひゃっぽ)
 戦争の時に、戦闘開始の合図のどらが鳴りひびくやいなや五十歩逃げた者が百歩逃げた者を臆病だと笑うこと。自分と大差がないのに人のことを笑ったりばかにしたりすること。どちらも不十分、不完全であることにはかわりがなく、本質的にはあまり違いのないことのたとえ。〔出典〕『孟子』。

先んずれば人を制す(さきんずればひとをせいす)
 「先んずる」は、他よりも先へ進む、先行する。「先にする」の変化した語。他の人よりも先に事を行えば、人よりも有利な立場に立つことができる。また先手を討つことができなければ、相手を制圧することができないことをいう。現今の大学生の就職活動などは、まさに「先んずれば人を制す」の典型で、はやければはやいほどよいようになってきている。〔出典〕『史記』。

酒は百薬の長(さけはひゃくやくのちょう)
 酒は適当な量を飲んでいれば、健康のためにもよく、特に害はない。酒と人とは切っても切れないものらしく、古来酒に関係しているいいまわしは多い。「酒なくて何のおのれが桜かな」などといって盃を重ねれば、「酒が酒を飲む」となり、しまいには「酒に飲まれる」「酒人を飲む」となる。日本では上代はすべて濁酒であって、清酒は室町時代ぐらいから、つくられるようになったという。

誘う水あらば(さそうみずあらば)
 『古今和歌集』の小野小町の歌に「わびぬれば身を浮草の根をたえてさそふ水あらばいなんとぞ思ふ」とあることからきている。誘い招く者。また女性に交際を求めたり、結婚を申し込んだりすることがあれば、それに応じてもよいという気持ち。『さそふ水あらばと母は気を通し』(川柳)。

去る者は追わず(さるものはおわず)
 物事はあきらめが大切な場合もある。「去る者」を使った慣用句に、「去る者は日々に疎し」=親しかった人でも別れてしまうと、しだいに交情が薄くなっていくこと。死んだ人は月日が経つにつれてだんだんと忘れられていくこと。「去る者」とはいずれも自分と何らかのかたちで関係をもっていた人であること。自分から離れていこうとする者は、その人の自由な意志にまかせて無理に束縛したりすることはしないことをいう。

三顧の礼(さんこのれい)
 古代の中国の国、蜀(しょく)の劉備(りゅうび)が諸葛孔明(しょかつこうめい)
 の庵を三度も訪れて、とうとう自分の国の軍師として迎えた故事による。「顧」はたずねること。目上の人が、すぐれた人に礼をつくして仕事を頼むこと。また目上の人がある人を特別に優遇したり信任したりすること。単に「三顧」ともいう。いつの世の中でも礼をつくすことは必要である。

三舎を避く(さんしゃをさく)
 「三舎」は、古代中国で、軍隊の三日間の行程のこと。一日一舎を行軍するするとされており、現在の約六十キロメートルにあたる。三日間の行程ほどの距離の外にしりぞくこと。恐れて遠く避けること。相手を恐れてしりごみをすること。へりくだった態度をとること。遠くおよばない。とうてい比較にもならない。まったく問題にならないこと。〔出典〕『春秋左子伝』。

三尺下がって師の影を踏まず(さんじゃくさがってしのかげをふまず)
 「三尺」は約九十センチメートル。弟子が先生にしたがっていく時に、あまり先生に近づいては礼を失するので、三尺、後に離れてしたがうということから、弟子は先生を尊敬して、礼儀を失わないように、しなければならない、ことのたとえ。
【同義】「三尺去って師の影を踏まず」。

三十六計逃げるに如かず(さんじゅうろっけいにげるにしかず)
 中国の古代の戦いの方法で用いられた語。「三十六計」は三十六種類の計略。兵法上のいろいろなはかりごとやかけひきのこと。三十六策ともいう。たくさんある計画のなかで、どうにも困っていきづまった時は、あれこれと考え迷うよりは時機を見て逃げ出し、まず身の安全を保つことが最上の方法であるということの教え。ひきょうなために逃げるのではなく、身の安全をはかって、ひとまず退き、後日の再挙をはかれということ。転じて、めんどうなことがおこった時は、にげるのがよいということ。

死灰復た燃ゆ(しかいまたもゆ)
 「死灰」は火の気がなくなって冷たくなった灰のこと。冷たくなった灰がふたたびもえることから、いったん衰えてしまったものが再び盛んになること。あるいは一度落着しかかったものがまた起こることのたとえ。漢の時代に韓安国という人が罪に陥った時に、獄史の田甲という人が、彼をさらし恥ずかしめたのに対して「死灰復燃ゆ」といったという故事からでている。落ち目の人をあなどると後になって痛い目を見るという警告でもある。〔出典〕『史記』。

鹿をさして馬と為す(しかをさしてうまとなす)
 中国の秦の国の趙高が、自分の権力で、皇帝に対して鹿を馬といって押し通した故事から誤りを無理に押し通すこと。また人をだましたり、愚弄したりすることをいう。〔出典〕『史記』。

自家薬籠中のもの(じかやくろうちゅうのもの
 「自家」はその人自身の家のこと。「薬籠」は薬箱のこと。自分の家の薬箱のなかのもののように、自分の意のままに、利用できるもの。また自分のものとして取り入れて自由に使うことができるものという意。

地獄の沙汰も金次第(じごくのさたもかねしだい)
 地獄で罪人が受ける裁判も、金を出せば自分に有利になるというくらいだから、現実のこの世では金さえあれば、なにごとも思うがままに、なるということのたとえ。金はあの恐ろしい、えんま大王でさえも左右することが、できるとなれば世の中で金ほど恐ろしいものは、ないということになる。「地獄に仏」、「地獄は 壁一重」、地獄も住家」など、地獄を使った慣用句は多い。

死屍に鞭うつ(ししにむちうつ)
 「死屍」は、しかばね、死体のこと。中国の春秋時代に、五子胥(ごししょ)が父や兄の仇である楚の国の平王を三百回むち打ったという故事から、死んだ人の行為や言動を非難すること。現在では「死者に鞭打つ」の方が一般に多く使われている。いうまでもないが、死者の尊厳はいつの世も、また、どこの世界で も重んじられるので、この行為は非常のものとして歓迎されない。単に失敗したり落ちこんでいる人に、さらに元気を失わせるようなことをする場合にも応用される。〔出典〕『史記』。

弱冠(じゃっかん)
 中国の周代の制度では男子二十歳を「弱」といい、その時に元服して冠をかぶるところからいう。時に「若冠」と書くこともあるが「若」はあて字。現在では、単に年齢の若いことや弱年であることをいうのが一般的になりつつある。ちなみに十歳を「幼」といい、三十歳は「壮」といい、四十歳は「強」という。〔出典〕『礼記』。

柔よく剛を制す(じゅうよくごうをせいす)
 かたくて強いものを制圧するものは、よりかたくて強いものと思われがちであるが、実際は必ずしもそうではなく、やわらかいものが、かたくて強いものを制圧する、ということ。たとえば雨だれが長い時間の間には石に穴をあけたり、雑草がコンクリートの割れ目からはいだすなど、柔軟なものが堅強なものよりも力がすぐれていることもあるということ。「弱能く強を制す」と対になっている。〔出典〕 『老子』。

小人閑居して不善をなす(しょうじんかんきょしてふぜんをなす)
 「小人」は徳のない品性のいやしい人。度量が狭くて器量のない人。小人物。
「閑居」はなにごともすることがなくて、ひまなこと。徳がなく品性のいやしい人はヒマであるととかく良くないことをするということ。それだけに「閑居」した時にこそ、自分に対して厳しくしなければならないこと。人が見ていまいが聞いていまいが、言行を慎んで気をつけるようにすることが大切。

少年老い易く学成り難し(しょうねんおいやすくがくなりがたし)
 現在ではふつう「少年」といえば、小学・中学生ぐらいをさすが、この場合は、年の若いもの。若者ぐらいの意味。若いと思っているうちに、すぐ年をとってしまい、こころざしていた学問はなかなか進まないということ。年月は無為にしているとすぐにすぎやすいので、寸刻をおしんで勉強せよということ。

食指が動く(しょくしがうごく)
 「食指」はひとさし指。中国の鄭(てい)の国の子公が、ひとさしゆびの動いたのを見て、ごちそうがでてくる前ぶれだといったという。食欲がおこってくる。転じて一般に、自分のものにしたいという欲望をおこす。欲しがること。〔出典〕『春秋左子伝』。

助長(じょちょう)
 中国、春秋時代の宋の国の、ある男が畑に作物の苗を植えた。だが、みるみるうちに大きくなる、というわけにはいかない。彼は苗が、なかなか生長しないことを気にやんで、一本一本その穂を引っぱって伸ばしてやった。家にたどりつき、男は「今日は苗を引っぱって生長を助けてやった」といったということから、生長を助けようとしてむりに力を加えて、逆に害をなすこと。

人生意気に感ず(じんせいいきにかんず)
 「人生」は人間の生活、また人間がこの世に生きていくことを意味している。人間は、人の気性のいさぎよさを認め、それに感じて仕事をするのであって、金や名誉など、自分のためだけにするのではないということ。相手がきっぷのよさを示した時は、それに感じて自分の損得などを考えずに仕事をすること。現今は「合理主義」の名のもとに打算的で、すぐに自分の利益をはかる人がふえてきた ようであるが「人生意気に感ず」の精神を忘れずに。

人事を尽くして天命を待つ(じんじをつくしててんめいをまつ)
 「人事」は人間に関係していることがら。人間社会のことで「自然」に対してのこと。「天命」は人間にさずけられた運命のこと。人間の力で、できるだけのことをしてその結果については運命にまかせるのみ、ということ。人間の力にはもともと限りがあって、どんなに細心の注意をしていても、人間には思いもしない事件 が起こって自分の行為を自分の思いどおりにすることはできないが、だからといって何事もはじめからあきらめていてはだめ。まず自分の力で、できるだけのことをして、そのうえで運を天にまかせるべきだということ。

水魚の交はり(すいぎょのまじわり)
 「水魚」は文字通り、水と魚。転じて、魚と水がきってもきれない関係であるように、きわめて親密な交際のたとえ。「三顧の礼」をつくして諸葛孔明を得た劉備(りゅうび)は、そのすぐれた能力に感じ入って師とあおぎ寝食をともにするまで になった。若い諸葛孔明に対する王の傾倒ぶりをねたんで、武将たちが非難すると、王は「私が孔明を得たことは、ちょうど魚が水を得たようなものだ」といったことからでている。

過ぎたるは及ばざるが如し(すぎたるはおよばざるがごとし)
 物事にはなんでもそれにふさわしい程度というものがあって、それを超えてしまうことは、不足しているのと同様にほめられた、ことではないということ。なんでも度を過ごしてしまえば、足らないのと同様によくない。『論語』の教えのなかで重要なことの一つは「中庸」(ちゅうよう)である。これは、なにかにかたよること なく、中正なことをいうが、適度なことを重んじている。このことわざも、その「中庸」の精神を表わしたもの。

青天の霹靂(せいてんのへきれき)
 「青天」は青くすみわたった空、晴れた空、青空のことで「晴天と」ほぼ同じ意味。「霹靂」は「霹」も「靂も」かみなりのことで、はげしく鳴りひびくかみなりの意味。すみきった青空に急に鳴り響く雷のこと。これは宋の時代の有名な詩人陸游(りくゆう)(放翁)(ほうおう)の詩からでた言葉で、彼の書の筆勢の雄大でおどるような様子を形容した言葉である。元来は筆勢のことをいうものであったが、今では突発的におこった大事件の意で用いられている。

背に腹は代えられぬ(せにはらはかえられぬ)
 同じからだの一部分でも、背中を腹とかえることはできない。この場合「背」は「腹」よりも重要な部分であるという考え。大事なことのためには、他のことを注意する余裕がないことのたとえで、大きな苦痛を避けるためには、小さな苦痛はやむをえないこと。

船頭多く船山へのぼる(せんどうおおくふねやまへのぼる)
 船は一人の船頭があやつってこそ思いのままに動くもの。船頭がたくさんいて、それぞれが自分勝手な方向にこげば、船はとんでもないところに着いてしまう。転じて異なった意見を主張する人が多数いてものごとがすこしも進まないこと。

先鞭をつける(せんべんをつける)
 「先鞭」は文字通り他人に先だって馬を鞭打つこと。他人より先に馬に鞭打って、さきがけの功名をすること。人より先にものごとに着手すること。さきがけ。ぬけがけ。「祖生鞭」(そせいのむち)または「祖鞭」(勉励して人と先を争うこと。晋の劉?(りゅうこん)が、友人の祖逖(そてき)が先に官吏に登用されたのを聞いて、祖生=祖逖=にさきに鞭をつけられたといった故事)も同じような意味 で使われている。〔出典〕『晋書』。

前門の虎後門の狼(ぜんもんのとら、こうもんのおおかみ)
 「前門」はまえの門、正門。「後門」はうしろの門。一つのわざわいをのがれても、さらにまた他のわざわいがふりかかってくることのたとえ。表門に来ている虎をふせいでいるあいだに、裏門から狼がおそいかかってくるという意。【同義】「一難さってまた一難」。

千里の行も足下に始まる(せんりのこうもそっかにはじまる)
 「千里」は現在の単位で、約三九三〇キロメートルにあたる。転じて遠方のこと。遠い路程も足元の第一歩から始まること。転じて、ひじょうに遠大な計画も、はじめは手近な所から始まるということ。。地道なこつこつとした努力が、大業をなし得る、もとであるということ。〔出典〕『老子』。

千慮の一失(せんりょのいっしつ)
 「千慮」はあれこれと考えをめぐらすこと。多くの思慮。賢い人でも多くのうちには考え違いや失敗が必ずあるということ。配慮をめぐらしていても思いがけない失敗はさけにくいということ。これに対して「千慮の一得」は、愚かな人の考えでも、たまには名案もありうるということをいう。ことわざや慣用句には、このようにまったく反対の意味を表わすものがある。それだけ人間世界が複雑だということか。

創業は易く守成は難し(そうぎょうはやすくしゅせいはかたし)
 「創業」は事業を新しく始めること。「守成」は、創始者の意志をうけつぎ、その成果をさらに強固なものに発展させること。中国、唐の太宗が家臣たちに、創業と守成とどちらが、むずかしいかと問い、それに対して家臣の魏徴(ぎちょう)が答えたことばから。新しく事業をおこすことに比べて、その事業をおとろえさせ ないようにし、さらに発展させることの方が、ひじょうにむずかしいこと。ちょっと考えると逆のようでもあるが、物事を安定した状態で保っていくことは、平凡な ようだが、それのできる人はむしろ非凡な人といえる。

宋襄の仁(そうじょうのじん)
 「宋襄」は宗の国の襄公のこと。中国の春秋時代に宗と楚が戦った時に、襄公が、先制攻撃を進言した、宰相の目夷の意見をしりぞけて、敵の布陣をまってから戦って、さんざん敗れ、世間の物笑いとなったことから。無益のなさけ、不必要なあわれみ。また無用の仁義だてをしてひどい目に会うこと。〔出典〕『春秋左氏伝』。

多芸は無芸(たげいはむげい)
 「多芸」は、多くの種類の学問、芸能、また多くの学問や芸能に通じていること。
 何にでも通じている人は、かえってこれが専門というものをもっていない。浅く広く知っているだけで、深くきわめたものは、なにもないという意味。

他山の石(たざんのいし)
 「他山」は、ほかの山。よその山。自分の石をみがくのに役だつ他の山の石。転じて、自分の修行の助けとなるような他人のことばや行い。自分にとっていましめとなる他人の誤った言行という意味で使われることが多いが、「誤った」ということが問題なのではなく「他の山の」ということが重要である。自分をみがくためには、つねに他の人々と接している必要がある、ということ。

蛇足(だそく)
 「だ」は「蛇」の慣用音。楚の国で、神に仕える下僕たちに大杯に一杯の酒が与えられた。ところがみんなで、のむにはたりない。そこで地面に蛇の絵をかいて、一番早くできあがったものが一人で飲むことにして競争した。一人の男ができあがって、みんながまだかけないのを見て足を付け足していると、他の一人ができあがって足のある蛇はいないといって酒を飲んでしまったことから、無用なもののこと、あるよりは、むしろない方がよい、ことのたとえにも用いる。

璧を抱いて罪あり(たまをいだいてつみあり)
 「璧」はたま。また玉のようにりっぱなもの。「完璧」の「璧」も玉。自分に不相応なものをもったり、不相応なことをしたりすると、とかくわざわいを招きやすいことをたとえていう。「玉を抱く」とは、崇高な大志を胸にひめ、大志をいだくこと。

忠ならんとすれば孝ならず(ちゅうならんとすればこうならず)
 「忠」は、国家や主君に対して臣下としての本分をつくすこと。臣下としての真心をつくすこと。「孝」は、先祖や親などに真心をもって仕えること。孝行。忠も孝も中国で重んじられた徳。主君に忠義をつくそうとすれば、父の意志にさからってしまうので不幸となり、父の意にしたがおうとすれば主君に不忠になるという進退きわまった状態のこと。

月に叢雲花に風(つきにむらくもはなにかぜ)
 待ちに待った月がでてきても、雲が群がってきてその姿をかくしたり花を見ようとしている時、ちょうど桜がさいているのに風がその花を吹き散らすようなことがあるということ。世の中では、良いことには必ず邪魔がはいることのたとえ。【同義】「好事魔多し」。

恙なし(つつがなし)
 無事息災である、ということ。恙とはツツガムシのことで、ダニの一種。ツツガムシ病を媒体する。刺されると化膿し、リンパ腺がはれて全身に赤い斑状発疹がでる。日本でも東北地方の川の流域に発生し、死亡率の高い風土病として知られていた。現在では薬が開発され死ぬことはなくなった。聖徳太子が髄(ずい)の煬帝に(ようだい)にあてた国書に「日出ずる処の天子、日没する国の天子に書(もう)す、恙なきや」とある。

詰腹切らす(つめばらきらす)
 詰腹とは、自分の意志ではなくて、他から強制されてしかたなくする切腹のことをいう。転じて、強制的に辞職させること。また本人がのぞまないことを、むりにやらせること。失敗を一人の人におしつけて、責任をとらせるといった意味でつかわれる。

轍鮒の急(てっぷのきゅう)
 目前に危急がせまっていること。生きるか死ぬかの危機をむかえること。轍は、車の轍(わだち)、鮒は、フナ。ある時荘子は、ひじょうに生活に困り、裕福な友人のところへ借金を申し込んだ。すると友人が「領地から税金が入ることになっているから、入ったらいくらでも都合しよう」といった。体裁よく断られた荘子はこんな話をした。「ここへ来る途中、轍のなかから鮒がおれに、ちょとでいいから水を運んでくれと頼んだんで、呉の方へいく予定があるから、西江の水をたっぷり運んできてあげるよ、といったんだ。すると鮒のやつ、干物屋でまた会おう、だ とさ」〔出典〕『荘子』。

天網恢恢疏にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず)
 天網は天の網、天がはりめぐらす網のこと。恢恢は広く大きいようす。疏というのは目のあらいこと。天の張りめぐらした網はあまりにも広く大きいのでその目もあらいようであるが。決してその目から悪事を漏らすことはない。すなわち天 の定めた人の道は厳正で、悪いことをした人は必ず罰をうけるものだ、ということ。〔出典〕『老子』。

問ふに落ちず語るに落ちる(とうにおちずかたるにおちる)
 人に聞かれた時には用心してなかなか秘密をもらさないが、何げなく話しているうちに、ふともらしてしまうということ。落ちるとは、人の術中に落ちる、城が落ちるなどと同じで、攻撃され、降参するということ。ここでは秘密を知られることをいう。

同病相憐れむ(どうびょうあいあわれむ)
 同じ痛みや苦しみをもっているものは、なぐさめ、はげましあうこと。また同情しあうこと。「同病相憐れむ同憂相救う」と対になっている。〔出典〕『呉越春秋』。

登竜門(とうりゅうもん)
 「竜門に登る」とよみ、きびしい難関を突破して出世の糸口をつかむこと。「三秦記」、に中国黄河上流にある「竜門」の伝説がみえる。ここの流れはひじょうに急で、魚はほとんどその流れをさか登れないが、ひとたび登れば竜になるという。後漢の末、政治を堕落させる原因となっていた宦官(かんがん)を排除しようとした李膺は、高潔の士として若い官史たちに慕われていた。そして彼に接することを望み「登竜門」と名づけたという。日本に入って「登竜の門」解され、出世の関門をいうようになった。

螳螂の斧(とうろうのおの)
 斉の国の荘公がある日、狩に出かけた。そのとき、一匹の虫が前足をあげて、荘公の車の輪におそいかかろうとしていた。荘公が御者に何という虫かとたずねると「かまきりでございます。この虫は進むことばかりでしりぞくことを知りません。自分の力を考えずに敵にむかうのです」といった。荘公はこれに感じ、車を戻させてかまきりをよけてやった。ここから、自分の力をわきまえず、強敵にはむかうこと。〔出典〕『韓詩外伝』。

読書百遍義自ら見る(どくしょひゃっぺんぎおのずからあらわる)
 本を読んでいて意味のわからないとこらがあっても、何度もくり返して読んでいるうちに自然に意味がわかってくる、ということ。『魏略』という書物の注釈にみられる文章。同じところに「読書三余」ということばもみえる。これは、作業が休 みになる一年のうちならば冬、一日のうちならば夜、そして雨の日という三つの余暇に読書をせよ、ということ。

塗炭の苦しみ(とたんのくるしみ)
 ひじょうに苦しむこと。たいへんな難儀のこと。塗は土と水と、どろをこてでぬる意の音をあらわす余とをあわせた字。どろのこと。炭はすみ。塗炭の苦しみとは、どろにまみれ、火にやかれるような苦しみをいう。〔出典〕『書経』。

虎の威をかる狐(とらのいをかるきつね)
 虎が一匹の狐をつかまえ、今にも食おうとしたところ、狐がいった。「虎さん、私を食べてはいけません。食べれば天に逆らうことになりますよ。うそだと思うなら私のあとについてきてください。みんな私を恐れて逃げてしまうから」。虎が狐 のあとを歩くと、本当に皆が逃げてしまうので、虎はすっかりだまされてしまったという話。ここから、他人の権勢をかりて、いばる小人物のこと。〔出典〕『戦国策』。

飛んで火に入る夏の虫(とんでひにいるなつのむし)
 自分から進んで自分を滅ぼすようなわざわいのなかにはいりこんでしまう、ということ。夏には、夜行性の蛾や虫が灯火などにあつまってくる。現在は、電灯が多いからそんなことはないが、電気などなかった昔には、火に近づきすぎて身を焦がし死んでしまう虫も多かった。その様子からでてきたことば。

泣く子と地頭には勝れぬ(なくことじとうにはかたれぬ)
 道理を説明してもききめのないこと。泣いている子供には、どんなに道理を説いても無駄で、結局は自分の思いどおりにしてしまう。地頭というのは、平安時代から鎌倉時代にかけて荘園(しょうえん)管理をまかされた荘官のこと。のちには領主化した。

寝耳に水(ねみみにみず)
 まったく思いがけないこと。とくに思いがけない話をきいたときにつかう。眠っているときにいきなり耳に水をそそがれれば、びっくりしてとびおきるであろう。そういう、ひどく驚いた状態をいう。

二の足を踏む(にのあしをふむ)
 ためらって、ものごとを思いきってしないことをいう。「二の足」は、歩きはじめるときの二歩目のこと。一歩はふみ出したものの、躊躇して二歩目をふみ出せず、同じ場所で足踏み状態になってしまったようすから。

背水の陣(はいすいのじん)
 韓信が趙軍と戦ったとき、前方に敵をむかえ、川を背にして陣を敷いた。しりぞけば水に溺れるところから、決死の覚悟で敵と戦わせるための布陣をいう。ここから意味は、一歩もあとへ退くことのできない絶体絶命の気持ちでものごとにあたること。韓信は「韓信の股くぐり」でも知られる武将。高祖をたすけ、肅何(しょうか)張良とあわせて漢の三傑といわれる人。謀反の罪で殺された。

敗軍の将、兵を語らず(はいぐんのしょう、へいをかたらず)
 司馬遷の「『史記』にある「敗軍の将は似て勇を言うべからず、亡国の大夫は似て存を図るべからず(戦いに敗れた将軍は武勇をかたれない、滅んだ国の主君は存命を願うことはできない)」からきたことわざ。ものごとに失敗した者は、それについて意見をのべる資格が無い、ということ。【同義】「敗軍の将は謀らず」、「敗軍の将、兵を談ぜず」。

馬脚を露す(ばきゃくをあらわす)
 馬脚とは芝居で馬の脚をやる役者のこと。本来は足だけを出していなければならないのに、姿を見せてしまうという意味から、隠していたことがわかてしまう、ということになる。ここから、化けの皮がはがれる。しっぽを出す。隠していたことが知れてしまう、ということ。

白眼・請願(はくがん・せいがん)
 「竹林の七賢」の一人である晋の阮籍はことばで人を非難することはなかったが、気に入らないと上目づかいに相手のことを見た。すると白目の部分が多く出るので、このように人をさげすむような目を白眼という。逆に、気に入った相手には、まともに顔を合わせたので、黒目の部分が多く出た。このように親しみをこめた眼を青眼という〔出典〕『晋書』。

白髪三千丈(はくはつさんぜんじょう)
 白髪がきわめて長いこと。またものごとを誇張していうこと。唐の詩人、李白の詩からでたことば。「白髪三千丈、愁に緑りてかくのごとく長し、知らず明鏡の裏、いずれの処にか秋霜を得たる」。当時の一丈は約三・一メートルであったから、三千丈といえば九キロメートルあまり、ということになる。もちろんこれはレトリックであるが、ふと鏡をのぞいて自分の老いを痛感した李白のおどろきがこめられているといえるであろう。

破竹の勢い(はちくのいきおい)
 三国時代の末、晋の軍勢は呉をあと一歩のところまで追いつめた。冬をまって総攻撃をかけよう、と主張する部将に対し、総大将の杜預はつぎのようにいった。「今、我が軍の勢いはひじょうに盛んになっている。竹を割るときのようだ。一筋割ってしまえば、あとはそれにつられて裂けていく」と。ここから、とめようにもとめられないほど、ひじょうに勢いがあること。〔出典〕『晋書』。

日暮れて途遠し(ひくれてみちとし)
 人生の晩年を迎えても、まだ目的をもっていて、それが容易に達成できそうもないこと。「途」は「道・塗・路」とも書く。日が暮れたのに前途はまだまだ長い、ということから来ており、その道のりの長さを強調したことばであろう。また、期日が迫っているのに、やらなければならない仕事ができあがっていないこともいう。「日暮れて道を急ぐ」は期日が迫ってから急に必死になること。〔出典〕『史記』。

百聞は一見に如かず(ひゃくぶんはいっけんにしかず)
 どんなにことばをつくして説明しても、たった一度実際に見ることには及ばない。人から話をきくよりも、自分の目で見るほうが確かであるということ。〔出典〕『漢 書』。

人と屏風は直ぐでは立たず(ひととびょうぶはすぐではたたず)
 人間、世の中をわたっていくためには、ある程度意志をまげて妥協しなければならない、ということ。直ぐとはまっすぐのこと。屏風はまっすぐにしたのでは、ぱたりと倒れてしまう。少しまげてやれば立つ。人間の生き方も同様であるということ。人間もあまりまっすぐで、自分の意志をまげることを知らないと、世の中とのまさつが大きく、いつか倒れてしまうことにもなりかねない。

舟に刻みて剣を求む(ふねにきざみてけんをもとむ)
 舟に乗っている時に川の中に剣を落とした人が、舟が川の上を動いていることを考えに入れず、舟ばたに剣を落とした位置の印をつけて剣を探そうとしたという故事による。時勢の移ることを知らず、いたずらに古いしきたりを追い求めることのたとえ。

仏造って魂入れず(ほとけつくってたましいいれず)
 物事をほとんどなしとげながら、もっとも重要な一事が抜け落ちていること。「仏造って眼を入れず」ともいう。「画竜点睛をかく」もほぼ同じ意味。「仏千人神千人」、「仏頼んで地獄へ落ちる」、「仏の顔も三度まで」、仏の心凡夫知らず」、「仏は金ほど光る」など仏を使った慣用句も多い。

満を持す(まんをじす)
 弓を十分に引きしぼってそのまま構えること。それから転じて準備を十分にして、時機の来るのをまつ。また物事の極点に達したままもちこたえること。物事を うまく成功させるためには何事も十分な準備をする必要がある。「満は損を招く」(物事は完全な状態に達すると、やがて不都合なことがおこったり衰えたりするものである)という慣用句もあり「満」の状態を保つことはきわめて難しいこと。

水清ければ魚住まず(みずきよければうおすまず)
 あまり精簾にすぎるとかえって人に親しまれないことのたとえ。江戸時代、わいろ政治で有名な田沼意次が老中の座を退いた後に老中となった松平定信、は倹約を旨として寛政の改革を行った。庶民の衣服や装飾品にまで規定を設けたために、きびしすぎるという声が多かった。その時に詠まれた落首は「白河の清き流れにすみかねて元のにごりの田沼恋しき」であった(松平定信は白河藩主だったから)。まさに「水清ければ魚すまず」というところ。

矛盾(むじゅん)
 「矛」は、ほこ。「盾」は、たて。中国の楚の国に矛と盾を売っている人がいた。この人は、この矛はどんな盾でもつらぬき通すことができるといい、また、この盾はどんな矛でもつらぬき通すことができないといった。そこで、ある人がその矛でその盾をついたらどうなるのかとたずねたので、ほこたてを売っていた人は答えに困ったという故事から。つじつまの合わないこと。事の前後がそろわないこと。〔出典〕『韓非子』。

元の木阿彌(もとのもくあみ)
 一度よくなったものがふたたびもとのよくない状態にもどること。せっかくの苦労や努力が無駄になってしますこと。この句の由来については諸説ある。百姓の木工兵衛が僧に献金して某阿彌の号を得たが、村人は新しい名で呼ばず、たまに呼んでも、もとの名にひかれて木阿彌などと呼んでしまったということから、など。

物言へば唇寒し(ものいえばくちびるさむし)
 芭蕉の句の「物言えば唇寒し秋の風」からでている。「人の短をいふ事なかれ己が長をとく事なかれ」の後に添えられている句。人の悪口を言った後では、なんとなくさびしい気持ちがすることを表わしている。転じてなまじよけいなことを言えばかえってそのためにわざわいを招くことがあるということ。口は禍の門」も 同じような意味。「雉も鳴かずば打たれまい」など、口がまねくわざわいをいましめる慣用句は多い。

門前雀羅を張る(もんぜんじゃくらをはる)
 「雀羅」はスズメなどを捕まえるための網。訪れる人がなくて門前には雀が飛んでいるので、それを捕まえるのに網を張ることができるくらいだということから、門前がひっそりしてさびしいことを形容する言葉。「門前」を使った慣用句も多い 。

八百長(やおちょう)
 八百屋の長兵衛、通称八百長という人が、ある相撲の年寄とよく碁を打っていた。長兵衛は年寄にじゅうぶん勝てる腕前を持ちながら、うまく手かげんをして、いつも対戦成績が一勝一敗になるように細工をしたところから起きた。相撲や野球またはその他の競技などの勝負ごとで、前もって勝負の勝敗を打ち合わせておいて、表面だけは真剣に勝負をしているようにみせかけることをいう。転じて、単なるなれあいのことをさす場合もある。

良薬は口に苦し(りょうやくはくちににがし)
 「良薬」はよい薬、すぐれた効能のある薬のこと。ききめがあって良い薬は、苦くて飲みにくいことが多いが、病気をなおすためには必要である。忠言やいさめる言葉はなかなか聞き入れにくいが、その身のためになることをたとえてもいわれる。

老馬の知(ろうばのち)
 中国の春秋時代、斉の桓公が戦争しての帰路、山中で道に迷い立ち往生した時、賢臣の管仲が、このような時には「老馬の知」を借りた方がよいと進言した。そこで放したが正しい道にたどりつき、みんな無事にもどることができたという 故事から。経験のある者は物事の方針をあやまらないことをいう。またものにはそれぞれの長所があることのたとえ。〔出典〕『韓非子』。

隴を得て蜀を望む(ろうをえてしょくをのぞむ)
 「隴」は、中国の地名。魏(ぎ)の国の司馬懿(しばい)が、隴の地方を平定し、勝に乗じてさらに蜀を攻めようとした時に、曹操が答えた言葉。一つの望みをとげた後に、さらにその上を望むこと。人間の欲望には限りがないことのたとえ。

禍を転じて福となす(わざわいをてんじてふくとなす)
 「わざわい」の「わざ」は神のしわざのこと。「わい」は「さきわい(幸)」の「わい」と同じで、悪い結果をもたらす神のしわざの意からでている。わざわいをうまくかえて、幸福になるようにとりはからうこと。「わざわいも三年」、「わざわいは幸」など、わざわいに堪えるためのことわざも多い。これも人の世には、とかくわざわいが多いところからきているのだろうか。

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